竹川美奈子さんと考える
「日本人はなぜ、なかなか運用を始めないのだろう?」- 前編

日本人はなぜ、なかなか運用を始めないのだろう?

−−出版社や新聞社勤務などを経て独立。2000年FP資格を取得後、投資信託やiDeCo(個人型確定拠出年金)、マネープランセミナーなどの講師も務め、投資初心者に向けて長期分散投資のメリットを伝えている竹川美奈子さん。ビジネスオーナーを中心に対面での「お金」と「ライフプラン」のコンサルティングを行っている小屋さん。
今回は、悩める個人投資家の本音をよく知るお二人に「日本人はなぜ、なかなか運用を始めないのだろう?」をテーマに語っていただきます。

竹川美奈子さん(以下、竹川):「日本人は……」と括るとき、比較対象は欧米になっていることが多いと思いますが、じつはアメリカで活発に投資を行っている個人投資家は富裕層が中心なんですね。金融リテラシーも含め、一般の生活者レベルで比較すると、日本もアメリカも大きく変わらないという指摘があります。

小屋:たしかに、それは感じますね。ただ、日本の場合、最近までお金持ちもあまり運用に積極的ではありませんでした。

竹川:仕組みだけを見ると、確定拠出年金(企業型DCやiDeCo)が導入されたのはもちろん、100円から投資信託の積み立てができるようになったり、「つみたてNISA」が始まったりと整ってはきましたが…。

−−例の「老後2000万円問題」がニュースになった後、ネット証券を経由したDCとNISAの口座の新規開設や問い合わせがすごく増えたと聞きました。

竹川:金融審議会 市場ワーキング・グループの委員でもあったので、ひとこと言わせてください(苦笑)。そもそも「2000万円問題」というのはないんです。報告書は『高齢社会における資産形成・管理』というのが正式な名前で、長寿社会を見据えて、将来に備えた資産形成の大切さと、高齢期における資産管理の課題についてまとめたものです。2000万円という数字は出ていますが、『この金額はあくまで平均の不足額から導きだしたものであり、不足額は各々の収入・支出の状況やライフスタイル等によって大きく異なる』といったこともきちんと書かれています。
 ただ、メディアが騒ぎ立てたので、結果的に、ネット検索ワードとして「iDeCo」や「つみたてNISA」が急上昇するということが起こりました。過度に不安になる必要はありませんが、関心が高まること自体は悪いことではないと思います。

小屋:竹川さんは仕事で企業に出向き、会社員向けのマネープランやDCのセミナーもされているじゃないですか。

竹川:はい。

小屋:わざわざ講師を招いてDCの解説をしてもらうということは、教わる社員の人たちも関心が高いんですか?

竹川:二極分化している印象ですね。企業型DCに加入していても、定期預金にしたままで投資や運用には関心のない人も多い。一方、DCやNISAなどの制度や、投資信託に興味があって勉強している人もいます。会社が熱心に企業型DCの継続研修などに取り組んでいるケースでは、社員さんの資産形成に対する関心も高い気がします。

小屋:なるほど。

竹川:もっと言うと、経営者や担当者さんの熱心さ、もありますね。それが社内に影響している印象があります。あとは労働組合が有料で講師を招いてセミナーを行っているケースもあります。そうすると社員さんの関心度も高くなりますよね。
確定拠出年金といっても、企業型DCは退職給付制度の一部、iDeCoは公的年金や退職金制度に上乗せして任意で加入する制度です。2020年2月末時点のデータではiDeCoの加入者は153万人になりました。会社員だと3%弱の人が加入しています。自営業・自由業など(国民年金の第一号被保険者)に絞ると加入率はまだ1.2%ほど、加入率の一番高い公務員でも7.4%程度です。認知度はアップしましたが、行動にまで結びついている人はまだ少数ですね。

小屋:1%台か……。自分で確定申告をする自営業の人は、公務員や会社員に比べて納税、節税への感度は高いですよね。私のお客さんでも税理士に「節税になるから」と勧められ、小規模事業共済を熱心にやっている方がたくさんいます。でも、DCやiDeCoをやっている中小企業、個人は少数派。その理由の1つは、彼らの身近なアドバイザーである税理士の選択肢の中にDCやiDeCoが入っていないからなのかもしれません。

竹川:税理士さんは法人税務には詳しいのですが、必ずしも個人の資産形成や運用には関心がある方ばかりではないですからね。ご自身が運用に熱心なら別でしょうが…。

小屋:接点の多い専門家から情報が伝わらないと、自営業の人はなかなか自分では調べる時間がないんでしょうね。

竹川:そうですね。本当は、企業年金のない中小・ベンチャー企業の社員の人や自営業の方こそiDeCoを利用して欲しいんですが…。金融機関が熱心に営業へ行く先は公務員や退職金制度のしっかりしている大企業を優先しがち。本当に長期の運用が必要な人のところにアプローチする人が実は少ないんですよね。そのミスマッチも運用を始める人が増えない理由の1つとして、あると思います。

「老後が不安」。何が不安かと言うと、知らないから不安

小屋:なぜ、運用を始める人が増えないのか……。これは選挙の話とも似ているんじゃないかなと思っているんですよね。

竹川:選挙ですか?

小屋:自分の周りはだいたいの人が投票に行っている。Twitterを見ていると選挙について盛り上がっている印象を受ける。でも、いざ蓋を開けてみると投票率は4割や5割。自分の周りに見えている風景と、世の中の大きな動きの間に距離があって、選挙に興味のない人、政治はよくわからないと敬遠している人が多い。投資にも同じことが起きているんじゃないかなと思うんですよ。

竹川:なるほど。以前、ある女性誌の取材を受けたときに「竹川さん、資産形成を考えたときに、仮想通貨とつみたてNISA、ロボアドだとどれがいいでしょうか?」という質問があって。「それらを比較するのはちょっと違うよな……」と思いつつ、どこから説明すればいいのか困ってしまいました。マネーの専門誌と違って、女性誌のライターさんは日頃、資産形成や投資の記事を書いているわけではないですよね。だから、その時に話題になっている制度や金融商品を取り上げようとするわけですが、そうした発想になるのは一般の方も同じなのかもしれません。

小屋:僕が株に興味を持ったのは小学校の頃で、当時はバブルだったから大人はみんな株をやっている印象でした。だけど、勉強もしていないからバブルが弾けたらみんな損をして、投資は危ないという感覚が広がってしまったのもありますよね。

−−東京証券取引所のデータを見ると、日本の株式市場における個人投資家比率は、1989年に24.4%を記録した後、バブル崩壊以降は低下の一途をたどり1997年には11.6%まで落ち込んだそうです。

竹川:当時は、個人投資家が長期的な視点で国際分散投資をするという選択肢はなく、日本株だけに投資していましたから、バブル崩壊後に資産が目びりした人が多かったですからね。

小屋:今は今で、投資に興味を持った人が書店に行くと、長期分散投資と仮想通貨と不動産投資とFXが全部一緒に並んでいる。どの本を手に取るかで、その後の投資の実体験は大きく変わってしまいます。ネットも含め、情報は溢れているけど、正しい運用の方法に触れられる入り口が少ないのかな、と思います。

竹川:不安が先行している面もあります。例えば、「老後が不安」。でも、なぜ不安なのかと言うと、わからないから不安になっているんですよね。例えば、公的年金保険については「ねんきん定期便」をちゃんと見ていなかったり、「ねんきんネット」への登録をしていなかったり……。将来受け取る公的年金の見込額を把握したり、勤務先の退職給付制度を調べたりしないまま、「公的年金は危ない」「公的年金だけでは暮らせない」といった一部の報道を鵜呑みにしてしまう方もいます。一番まずいのは退職したときに焦って、数百万円とか、数千万円のお金をまとめて投資してしまうこと。よく聞く失敗パターンです。

−−退職金でハイリスク・ハイリターンの投資をしてしまうのは、最悪の選択ですか?

小屋:そうですね。私の見聞きした範囲内でも、銀行員の方が定年退職後、お金のプロという自負で投資を始め、損失を出し、ご夫婦の関係がギクシャクしたケースがありました。

竹川:本来は稼ぎ力のあるうちにリスクをとって長期で投資をしていき、リタイアしたら投資する金額を減らすなどリスクを下げるのが原則ですよね。そのためにも、先ほどの話に戻りますが、現役時代のうちに、公的年金保険や自社の退職給付制度について理解しておくことが大事ですね。例えば、自社の退職給付制度が退職一時金だけなのか、企業年金があるのか、あるなら確定給付型なのか、確定拠出型なのか、その組み合わせか。何歳から、どのように、いくらくらい受け取れる見込みなのか。その範囲内で暮らしていけるなら、無理に運用しなくてもよいわけですし。

小屋:そうなると、運用を始める前にまずは足元を確認するところからというアドバイスになるのでしょうか。

竹川:そうですね。少し調べるだけでも知らないことによる不安は減りますし、投資を始めるにあたっての視野も広がると思うんです。

公開日:2020年5月20日

後編へつづく