竹川美奈子さんと考える
「日本人はなぜ、なかなか運用を始めないのだろう?」- 後編

入り口のハードルを下げるだけで運用を始める人は増えるはず

竹川美奈子さん(以下、竹川):当時は一部から批判もでましたが、15年くらい前にマネックス証券が子どもに10万円を渡して、投資を学んでもらう教育プログラム「株のがっこう」という企画をやったことがありました。私はその後3カ月にわたって、毎月9人のお子さんに会って取材をしましたが、すごくおもしろかったですね。

小屋:というと?

竹川:参加したのは小学校高学年と中学生の子どもでしたけど、柔軟で、頭がやわらかいなと思ったんですよね。例えば、「どういう会社の株を買おうか?」となったとき、身近なスーパーをいろいろ回って、「こっちは品揃えがいい」「お客さんがたくさん入っている」「照明が暗い」などと比較したり、毎日TVのニュースを熱心に観るようになって為替レートがわかるようになった子は海外出張から帰ってきたお父さんのお土産に「ママへのお土産より、僕のは○○円も安い!」と文句をいうようになったりとか。ぐんぐん知識を吸収して、視野を広げていって、あまり抵抗なく投資にチャレンジしていくんですよね。

小屋:子どもたちには、ヘンな先入観がないから。

竹川:今でもよく覚えているのは、中学生の女の子で「私は部活も生徒会もあって忙しいから、投資信託にします」と言ったこと。大人と発想が同じですよね(笑)。ちゃんと環境を整えてあげて、関心を持つような工夫をすると、子どもは自分で調べたり、考えたり、積極的に行動するんですよね。3カ月でしたけど、子どもによってはめちゃくちゃ成長しました。

小屋:大人の場合も「10万円で投資を始めてみましょう」と決めて、行動を促すと効果的かもしれない。

竹川:実際、20代、30代の人たちの意識も変わってはきていると思います。この間、丸井グループが設立した積み立て投資専門の「tsumiki(つみき)証券」のセミナーを見学して、びっくりしたんです。何にびっくりしたかと言うと、来ているのが普通の人たちだったこと。

−−普通の人?

竹川:会社帰りに気軽に寄りましたという20代、30代の女性と男性が中心で。そこで感じたのは、「いきなりネット証券で口座を開くのは抵抗がある人」がいっぱいいるんだということ。初心者向けのアドバイスとして、「手数料が安いネット証券に口座を開きましょう」「まずは少額でも投資信託の積み立てを始めてみましょう」といったことをいう方が多いですよね。それは間違いではないんだけど、じつは「ネット証券に口座を開く」というハードルを越えられない、でも、投資には興味がある人もたくさんいるんですね。

小屋:でも、どうしてそういう若い人がそこに集まっているんだろう?

竹川:直接、話を聞きたいし、わからないことは質問したい。でも、大手証券会社の窓口は何か売りつけられそうで怖い。その点、tsumiki証券のセミナーは会場がマルイの中のカフェなんですよね。気軽に立ち寄れるし、帰りたいと思ったらいつでも帰れる安心感があるから、会社帰りの普通の人が集まるのかなと思いました。

小屋:通勤途中にあるいつもの商業ビルだから安心。

竹川:お客さんの層が従来の金融機関のセミナーに来る人とまったく違っていました。この集まりは「シネマ好きの会です」と紹介されても、「そうですか」と納得するような雰囲気。口座開設者のうち7割以上が初めて証券会社に口座を開設する人たちだそうです。投資や資産形成に関心のある人は実は潜在的にはたくさんいる。けれど、既存の証券会社や銀行が彼ら・彼女らに近づけていないんだとも感じました。

小屋:そうですね。

竹川:カード保有者向けなので、手続きがラクというのも若い人に人気なのかもしれません。
例えば、会社員の人がiDeCoを始めようと思ったら、郵送で書類を送ってもらい、会社に印鑑を押してもらい、また書類を送り返す、というように紙とかハンコとか郵送とかが必要になります。若い人にとってみたら手間もかかるし、面倒くさい。「スマホで何でもできる時代なのに」という感覚になります。もちろん、現状では必要な手続きではあるんですが……。もう少し手続きを簡略化するだけで初めての人が運用を始めるハードルが一段下がるのではないかなと思います。

※tsumiki証券はつみたてNISAの商品を扱っていますが、iDeCoは対応していない

どんな60代を過ごしたいか。ライフビジョンによって運用の仕方も決まっていく

小屋:すでに運用を続けている人、そして僕らのようなアドバイザーは投資を「普通のこと」と考えます。この感覚を一般の人に広げていくには、どういう切り口が必要だと思いますか?

竹川:私はお金の話から入らない方がいいと思っています。2019年にCFA協会主催のイベントでベストセラー「ライフシフト」の共著者のアンドリュー・スコットさんが登壇されました。その中で、「高齢化社会の中で40代半ばの人がこれからをどのように考えていけばいいのか」という質問に対してスコット氏は「お金から考えない方がいい」とアドバイスしていました。つまり、どういう生き方、暮らし方、ライフスタイルでいたいのかをまず考えましょう、と。

小屋:ライフビジョンですね。

竹川:そう。まさしくライフビジョンが先にあって、そこからどういうスキルアップが必要か、どのくらいの金融資産を用意しなくてはいけないかを考えましょう、と。これはそのとおりだなと思いました。「順番が大事」とおっしゃっていたのも印象に残りました。

小屋:たしかに、40代、50代の経営者の方の相談に乗っていても、目の前のことに精一杯で60代、70代のビジョンを描いたことがない方は多いです。

竹川:先程の「老後が不安」もそうですけど、「とにかくお金をふやさないと」がスタートではうまくいかない。自分の価値観、生き方、働き方、この先のスキルをどうするか考えるのが先。そのうえで、現役時代の稼ぎ力を上げていき、その一部を貯蓄や投資に振り向けて金融資産を積み上げていくという順番ですよね。将来のイメージを膨らませて、じゃあ、今の会社に勤めていていいのかな? それとも転職した方がいいのかな? 最終的にどこに住んで、だれと、どう暮らしたら楽しいかな? だったら都心に住まいを買う必要ないのかな? と。さまざまな条件が絞られていく中で、どのくらいの資金があれば安心して生きていけるのかも決まってくると思うんです。

小屋:そこから投資について考えてくださいという話ですね。長期の運用は金融資産を増やすことで、ライフビジョンを実現する味方になりますよ、と。

竹川:私は投資をする、というより、「日常生活・暮らしの中にいかに投資を取り入れるか」という視点が大事だと思っています。多くの人は、投資が趣味でも仕事でもないですから。逆にいうと、不安に駆られて投資を始める必要もないということです。不安から投資を始めた人は、投資を始めても(急落の時などに)不安でやめてしまうことが多いですから。リーマンショックの時もそうですし、今回のコロナ禍でもそうですが、株価が大きく変動するような局面はあります。投資信託の価格が下がった時に積み立てをやめてしまったり、解約してしまったりするのは、長い目で見るともったいないですよね。「分散投資をしていても、一時的に大きく下落することはある。短期ではなく、長期的に考える」ということを再確認した上で、「続ける」という選択をしてほしいですね。価格が下がったときも積み立て投資を続けていけるかどうかで、20年後、30年後の結果がまったく違ったものになります。

小屋:働く人のほとんどは、自分の稼ぐ範囲内で生活ができているわけで、そこからコツコツ積み上げるための少額の投資資金を捻出するのはそんなに難しいことじゃないんですよね。長期分散投資をアドバイスするアドバイザーの多くは、家計を見直すことで月に数万円の投資資金を作り出すお手伝いもできるはず。まずは専門家に相談してみてほしいですね。

竹川:昔は、お給料が入ってきたら天引きで財形貯蓄をするのが当たり前という風潮がありました。同じ感覚で、お給料が入ってきたら、自動的に投資信託を積み立てる仕組みを作ってしまうのも1つのやり方です。積み立て貯蓄+積み立て投資という仕組みを早めに取り入れた方が、長期的に見たらお金をふやせる可能性が高い。少額から積み立て投資ができる仕組みは整ってきましたし、会社員でも自営業者でも利用できる税優遇制度も増えてきました。そうした制度をうまく使って、今の自分から将来の自分にお金を贈って欲しいですね。

小屋:自分で稼ぐ力があるうちにちょっとずつでも投資をして、リタイアが近づいたらリスクの低い運用に切り替えていくのが長期投資の王道です。ところが、これまでの日本では逆をやってきたんですね。何も運用しないで来た人が、退職金を手にしたところで銀行や証券会社の勧めるまま、手数料もリスクも高い投資に手を出してしまう。そして、そこでの手痛い体験が投資や運用のイメージを悪くさせてしまう。この悪い流れを断ち切っていくためにも、僕らのような立場から情報を発信していく必要があるのかなと思います。

竹川:現実として自分自身の人的資本(将来の収入の割引現在価値)、稼ぎ力の総和は年代とともに下がっていきます。1人のビジネスパーソンとして長く働き続けられるようにキャリアを築くとか、スキルを身につけるのはもちろん必要なことですが、死ぬまで現役というのは現実には難しい。だから、稼ぎ力のあるうちに、稼いだお金の一部を金融資産にシフトしていくことが大事。なるべく若いうちから、稼いだお金の一部を貯蓄や投資に回し、運用することで金融資産を積み上げていく大切さに、なるべく早い時期に気づいてほしいですね。

公開日:2020年6月1日