吉野直行さんと考える
「日本ではなぜ、預貯金以外の選択をする人が増えていかないのか」-
後編

働く世代が気軽に中立的なプロの意見に触れられる仕組みが必要

小屋:子どもたちへの金融経済教育を進めていく一方で、現役世代に向けての働きかけについてはどう思われますか?

吉野:先日、ある住宅ローンに関してのアンケート調査の結果を見ました。すると、変動金利の住宅ローンを組んでいる人の48%が「変動金利とはどういうものか知らない」と答えていたんですよ。

小屋:じつは先週、私のところに来たお客様から住宅ローンの相談を受けたときにも似たようなことがありました。銀行で変動金利の住宅ローンを勧められ、「これで大丈夫ですか?」と言われるので、「固定金利もありますよ」とお伝えしたら、初めて固定金利の住宅ローンがあることを知った、という。
最近は変動金利の金利が0.5%前後、固定金利でも1%を切るくらいの水準なので、ファイナンシャル・プランナーの多くは固定金利での住宅ローンを勧めます。でも、銀行や提携している不動産販売会社は「負担が少ないです」と変動金利の住宅ローンを中心に説明を行うようですね。

吉野:この先、インフレになり、金利が上昇していく可能性は十分にあります。そうなったら「今、おトクだから」という理由で変動金利の住宅ローンを選ぶのはリスクが高く、将来的に住宅ローンの破綻も出てくるかもしれません。
もし、住宅ローンを契約する側が金融経済教育を受けていれば、変動金利に比べて少し金利が高くても低金利の今、固定金利で住宅ローンを組むメリットに気づくことができるはずです。
ところが、現実には住宅ローンを組んだ半分の人たちが変動金利の仕組みを知らないまま、「金利が安い」「返済の負担が軽くなります」と勧められ、将来のリスクを想像せずにローンを組んでしまっています。まさに金融経済教育の重要なところなんですよ。

小屋:働く世代、現役世代にも金融経済の知識が不足しているわけですね。そして、金融機関の窓口で働く人は自分たちのノルマもありますし、都合のいい商品を販売します。

吉野:もちろん、必要な説明はしていると思うんですよ。そのうえで変動金利の住宅ローンを推すのでしょうね。

小屋:個人が資金調達を経験する場面は住宅ローンくらいしかないですから、緊張感もあり、貸す側の意見に耳を傾けがちになります。

吉野:同じことは定年退職を意識し始めた50代、60代の方が初めて運用を検討し始めたときにも起っています。投資商品の表面金利だけを見てしまい、手数料やリスクを計算しきれずにせっかくの預貯金を減らしてしまうケースも少なくないようです。
こうした状況を変えていくためにも働く世代が気軽に中立的なプロの意見に触れられる仕組みが必要。それはネットを使うことで簡単に実現できると思っています。

小屋:アメリカのコンサルタントはWebを経由し、専用のソフトウェアを使ったコンサルティングを行うので、標準化と低廉化が進んでいます。
一方、日本での私たちの実務を見ていくと、ほぼすべての工程がアナログです。
クライアントにヒアリングし、キーボードを打ってデータを入力。個々のケースに合わせてコンサルティングの内容を一から十まで考えていく……。

吉野:たとえば、住宅ローンについての相談で借りる側が聞く質問には必ず重複した部分があります。それは運用に関する質問、退職後の生活資金や子どもの養育費の準備についての疑問も同じです。FP協会が主導するなりして質問のデータを蓄積していけば、必ず正規分布になり、「この相談のときは、この質問が多い」とパターン化できます。それに対する中立的な答えのパターンも作り、データベース化していけば、コンサルティングのある部分まではソフトウェアで対応するようなことができますよね?

小屋:個人情報や資産状況、ファイナンシャル・プランナーに聞きたいことなどのインプットをお客さんにWeb経由でしてもらえれば、それに対して標準的な回答を送る仕組みはできると思います。そうすれば、中立的なプロの意見と金融経済の知識を伝える低廉化したサービスができるはずです。

吉野:そのうえで「もっと詳しい説明が必要であれば、コンサルティング料がかかりますがこういったコースがあります」とすれば、ファイナンシャル・プランナーの活躍の場も広がっていくと思います。マスな質問には安価で答え、個人的な深い質問には個別に答えていく。対面で人が会う機会を減らさざるえないコロナウイルスの状況を1つの変化のチャンスとして、オンラインの利用を増やしていきたいですね。

個人の賢い選択を後押しするアドバイスを

小屋:働く世代が金融経済の知識を蓄え、個人金融資産が適切に運用されるようになれば、日本経済も成長していく、と。子どもたちへの金融経済教育、働く世代への中立的な情報提供が増えていけば、いい方向に変化していくはずです。

吉野:そのためにも金融業界に高い利回りを実現できるプロを増やすことが必要ですね。ただ、手数料収入がものさしのままでは難しい。銀行の窓口で言えば、お勧めの投信をどれだけ売ったかが重要視されてきました。
売り買いで手数料が生じることで支店の成績が良くなるので、運用利回りとは関係なく、何回売り買いさせたかが窓口の評価になっていく面がありました。

小屋:そうですね。

吉野:私がもしそういう立場で窓口にいたら、お客さんの売り買いの機会が増えるようアドバイスします。でも、それが本当の意味でいい運用かといえば、そうではありません。運用成績に応じて窓口の人たちが評価され、支店も高い利回りによって高い収益が得られるようになるべきです。
私の理想はマイナスでも、プラスでも金融機関と顧客が成果を分け合うこと。こういう形になれば、窓口の人もマイナスの商品を売りたいとは思わないでしょうし、プラスになるよう最大限の努力をするはずです。そして、それは大切な預貯金を運用する個人にとってはプラスに働きます。

小屋:私のような独立系のファイナンシャル・プランナーはプラスになるものを勧めなければ収益が上がりませんが、これは健全な形だと思います。

吉野:手数料目的の金融機関と収益目的の個人では、目的関数が違ってしまうんですよね。これを同じ方向に持っていき、高い利回りを実現できるプロを増やしていくこと。高齢化が進む社会では、資産の収益率を上げないことにはその国の経済がダメになっていきます。退職までに貯めてきた預貯金が4%、5%の利回りで運用できれば理想的です。
それが日本では0%台。せっかく蓄えたお金が運用されず、老後の資金も増えないままです。今は収益連動型で、固定手数料はほとんどかかりませんという商品もあります。ただ、その情報、メリットがなかなか一般の働く世代に届いていません。
中立的な立場のファイナンシャル・プランナーに相談する機会が増え、「こういう商品もありますよ」とアドバイスを受けられれば、個人の賢い選択を後押しすることができるはずです。小屋さんには、マスの人たちに働きかけ、中立的なコンサルティングをしていく仕事を期待しています。

小屋:がんばります。

吉野:コロナ下で多くの人がWebに目を向ける今の時期は、変化していくすごくいい転機だと思っています。個人の目が変われば、既存の制度も変化します。ピンチをチャンスに変えていきましょう。