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書評

『日本人のための第一世界大戦史 –世界はなぜ戦争に突入したのか』【経済から見る第一次世界大戦史】

UPDATE 2020.08.22

本記事では、板谷敏彦さんの「日本人のための第一次世界大戦史 -世界はなぜ戦争に突入したのか」をご紹介します。


週刊エコノミストによる本書の発売記念対談(2017/12/05)の記事で、著書の板谷敏彦さんとライフネット生命創業者の出口治明さんが対談を行い、板谷さんは本書について次のように語っています。

「第一次大戦は現代の世界のあり方に影響を与えた世界史上極めて重要な出来事なので、内外で膨大な数の書籍が出ています。しかし、良書は専門書的にならざるをえず、一般の読者は取り付きにくいのではないかと考えました。
このギャップ(専門家と一般読者のギャップ)を埋めるのは学者ではなく作家の仕事だと思い、自分が読みたかった本を自分で書いたというわけです。」

本書の出版にあたり、第一次世界大戦を一般読者向けにわかりやすく、
そして質の良い本を目指したとのこと。

著者の板谷敏彦さんは、現在作家として活動されています。
関西学院大学経済学部卒業後、石川島播磨重工業(船舶部門)を経て日興証券へ入社。
ウォール街での長期勤務を経験後、大手証券株式会社幹部を経て2006年にヘッジ・ファンドを設立します。
日本金融学会会員、明治大学株価指数研究所アドバイザー、早稲田大学社会人講座講師としての顔も持っています。(本書より引用)

このような著者の経歴から、本書は「金融の専門家ならではの切り口」で描かれた第一次世界大戦史と言えるでしょう。

板谷氏は本書の中で、欧米人と日本人の間には第一次世界大戦、またその周辺の時代認識について大きなギャップがあるように思う、と語っています。

本書はその大きなギャップを埋めてくれて、なおかつ私たちに
「国際基準」の第一次世界大戦史実を示してくれます。

実際に読んでみると、学校の教科書では学びえない意外な史実が数多くあることがわかります。

例えば、当時の人々から見れば、大戦の勃発は意外性を持って受け止められていたことはご存知でしたか?

その証拠に、第一次世界大戦の直接的なきっかけとなったサラボ事件がすぐさまニューヨーク株式市場に伝えられましたが、株価は全くの無反応だったそうです。

これについて少し掘り下げていくと、当時の一般市民は

1. 経済的なメリットがない戦争は起こらない
2. 不安定な政府は戦争を避けるだろう
3. 戦争は伝統的な外交戦略で回避できるだろう
4. どんな戦争もすぐに終わるだろう

という風に考えていたようです。

第一次世界大戦では第二次世界大戦と比較すると日本の損害が少なかったので、私たちは無意識的に第二次世界大戦の方を重視する傾向にあるかと思います。

しかし、第一次世界大戦の戦後処理がその後の第二次世界大戦をもたらすことになるので、決して軽視はできないのです。

加えて、本書で第一次世界大戦の史実を知ることは、現代社会の構成や、今日まで続いている外交問題や民族闘争・独立運動などの事象について、より深く理解するための道しるべとなってくれるはずです。

国境を越えてめまぐるしく動き回る現代社会を生きる私たちにとって、自分達が生きる社会について正しく理解するということは、必須と言えるのではないでしょうか?

本書は、

「第一次世界大戦史をもう一度学び直したい」
「教養として読んでおきたい」

という方はもちろん

「現在の世界の民族闘争や外交問題の根本部分を理解したい」
「今日の世界の国際関係や情勢に興味がある」
「ニュースをより深く理解したい」

といった方にも、それらの背景をよく知ることができるので
是非読んでいただきたいです。

【目次】

第1章 戦争技術の発達
第2章 国民国家意識の醸成
第3章 兵器産業の国際化と戦艦
第4章 世界から見た日露戦争
第5章 20世紀の新しい産業
第6章 第一次世界大戦勃発
第7章 日本参戦
第8章 戦線膠着
第9章 戦争の経済
第10章 消耗戦の中で
第11章 新兵器の登場
第12章 終戦へ
第13章 戦後に残されたもの

本の構成はこのようになっています。経済や金融を中心とした切り口ですが、他にも兵器や戦艦技術面、メディア、民衆、政治・外交、疫病など、様々な切り口から詳細に大戦史を見ることができます。

ここで特に私の目を引いた史実を一部紹介します。

➀メディアの力の台頭

大戦前の欧州では識字率が上がり、新聞の購読者数が増え、新聞が政治に利用されるようになります。国内情勢が悪化すると新聞によって国外に敵が作られ、大衆の関心や不満を外にそらしました。すると戦争推進派が多くなるのは想像できると思います。メディアが国内の情勢を支配していたと言っても過言ではないほど、私たちの思っている以上にメディアの力が大きく、台頭していた時代でした。

②政治の脆さ

➀に通じるところもありますが、メディアの思惑通りに創作された市民の世論が、やがて政治を突き動かすことになります。メディアに煽られ冷静でなくなった国民の世論が蔓延すると、世論が政治を後押しし、政治はいとも簡単に落ちぶれてしまいます。ここからは推測ですが、少なくとも国内のこうした情勢が、多少無理をしてでも戦争に勝たなければならないというプレッシャーになり、人々の想像を超える戦争の長期化につながった一つの要因なのではと考えさせられます。

③日米は中国市場をめぐり牽制し合う中、経済的依存は深まっていった

中国に権益の持つ列強が欧州で覇権争いをしている間、日本は中国市場を狙っていましたが、アメリカがそれを牽制しました。しかしながら、第一次世界大戦開始以来、日米間の貿易で日本はアメリカからの外貨を多く稼いでおり、最大の貿易相手国でした。経済的依存が深くなっていたのです。一見矛盾しているようにも見えますが、この背景には大戦景気のアメリカにおける、女性用のストッキングに使用されるシルクの需要が大きかったことがありました。

メディアによる世論形成は、現代の私たちにも共通している部分ではないでしょうか。

最後になりますが、本書にも掲載されています、鉄血宰相ことビスマルクの
残した言葉でこのようなものがあります。

“愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ”

何かを決断する際、愚者は自分の経験からのみ物事を考えようとしますが、
賢者は自分の誤った認識を避けるため、他者を含めた複数の経験や事象をもとに客観視しながら物事を考える、という意味です。

ぜひこの本を手にとって、「国際基準」の第一次世界大戦史を身につけるとともに、既存の国際社会を見つめ直すきっかけとなり、「歴史」から学び取った適切な決断ができる「賢者」になっていただければと思います。

佐藤歩未