【対談】『捨てられる銀行』シリーズ著者 橋本卓典さんに聞く。現場で取材を続ける理由と、これからの金融機関に求められるサービス – 後編 【対談】『捨てられる銀行』シリーズ著者 橋本卓典さんに聞く。現場で取材を続ける理由と、これからの金融機関に求められるサービス – 後編

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【対談】『捨てられる銀行』シリーズ著者 橋本卓典さんに聞く。現場で取材を続ける理由と、これからの金融機関に求められるサービス – 後編


UPDATE 2023.08.24

【対談】『捨てられる銀行』シリーズ著者 橋本卓典さんに聞く。現場で取材を続けている理由と、これからの金融機関に求められるサービス - 後編

 

人間はどんなに冷静で賢いと思っている人でも、パニックに陥る心理を止めることができない

小屋私が独立して、マネーライフプランニング(以下、MLP)を作ったのは2008年11月で、当時からほぼ毎年米国へ行き、FPのカンファレンスやFP事務所を定期的に訪問し、ビジネスに活かしていこうと視察をしていました。
橋本さんもご存じのとおり、向こうではRIA(Registered Investment Advisor、投資助言業者)(※)の存在がめずらしくありません。
個人の方がアドバイザーにアドバイス報酬を支払い、アドバイザーは顧客本位で長期的に資産を増やすアドバイスをしていく。顧客本意からかけ離れた高い手数料の金融商品を勧めたり、頻繁な売買によって手数料を稼いだりするようなやり方ではないビジネスですね。私はこれを日本でもやっていきたい、広げていきたいと考えてMLPを立ち上げました。

※編集部注:RIAとは、顧客との間で締結した投資顧問(助言)契約に基づいて、有価証券の価値等又は金融商品の価値等の分析に基づく投資判断について助言。投資判断は顧客自身が行う。米国でRIAは職業名称で「RIA(Registered Investment Advisor)」の略。6万人以上のRIAが活動している。

橋本小屋さんが始めた取り組み(売買手数料ではなく、運用資産の額に応じてフィーを受け取る顧問契約制度)は、日本ではかなり早いタイミングですよね。私が『捨てられる銀行2 非産運用』を出した2017年当時でも、銀行や生保、証券会社が売る金融商品の多くは高額手数料を取れる金融機関本位の商品ばかりでしたから。当初は大変だったんじゃないですか?

小屋そうですね。金融系の仕事をしている人たち、同業のFPの人たちからは、「そのやり方では収益が上がらない」「アドバイスだけで純粋に売上や収益を上げているFPは、まだ日本にほとんどいない」と言われましたし、お客さんからは取り組みそのものをあまり信じてもらえませんでした。前例がないので、「本当かな?」という反応なんです。
最初はなかなか収益が上がりませんでした。ただ、僕たちの仕事はストックビジネスなので、ファンドと一緒ですよね。お客様と残高が増えていけば回り出す。アメリカのRIAの人たちからもそれを聞いていたから、そこまでの辛抱だなと思ってやってきました。

橋本そのとおりですね。

小屋それで今日、ぜひお聞きしたいと思っていたのですが、長らく金融について取材している橋本さんから見て、僕らのようなアドバイザーはこの先どうなっていくと見ていますか。

小屋さんの話している様子

橋本それはもう、間違いなく支持され、求められる仕事だと思います。例えば、今は日経平均がぐっと上がっていて、「株式投資をしなくちゃ」と焦っている人がいます。でも、必ずまたいつか何かのきっかけで大暴落するわけです。すると、「早く売らなくちゃ!」と慌てる人が出てきます。人間はどんなに冷静で賢いと思っている人でも、パニックに陥る心理を止めることができません。
そういうときに「いやいや、もっと長期的な視点でみてください」とアドバイスできるのは、同じ人間のアドバイザーです。AIにも同じ呼びかけはできるでしょうけど、パニックになっている人は聞く耳を持たないと思いますから。顧客本位の、心に響くアドバイスはChatGPTにはできないことです。
気をたしかに持ってください、気を強く持ってください、そう言って人の動機づけを支えられるのは、信頼できる人間のアドバイザーだけです。医師や弁護士と同じように、資産運用のアドバイザーは「フィデューシャリー・デューティ」(※)の典型的な仕事だと思います。

※編集部注:フィデューシャリー・デューティ……受託者責任。顧客本位の仕事をすることの約束。投資においては、専らに投資家の利益のために働くことを命じること。長期的な利益と利便性を最優先し、最適な資産運用をサポートする。

 

岩手、山形、金沢では新築分譲マンションが即完売。買っているのは誰?

橋本一方で、金融機関本位の商品をいかにうまく売るか、というビジネスに関しては、デジタル化の流れの中でまったく通用しなくなっていくとも思っています。

小屋どういう意味合いですか?

橋本よく「東京の人と地方の人ではデジタルへの感覚が違う」という意見を聞きます。でも、私は地方を回って取材していて、差はない、もしくは地方の方が進んでいると感じています。具体的に申し上げると、岩手、山形、金沢などの地域では、今、分譲マンションが次々と建設されています。しかも、ほとんどが即完売。誰が買っていると思いますか? 
外国人投資家? Uターンした若い世代? 違います。主に60代の地元の方々が買われている。それも資産運用対策ではないんです。うちには先祖伝来の柿の木がありまして……みたいな立派な庭付きの自宅を売って分譲マンションを買い、引っ越しているんですよ。

橋本さんの話している様子

小屋戸建てからマンションへ。

橋本大きな理由の1つは、雪下ろしが嫌だからなんです。 東京の人から見ると、毎年大変そうだな。ぐらいの感覚ですけど、住んでいる人とっては本当に切実な問題で。60代以降のことを考えて自宅を売却してしまう。その決断を後押ししているのが、「検索」です。
私が驚いていると、「橋本さん、え? って顔をしているけど、60代と言っても20年前の60代とは違うんですよ。この間までzoomで会議をやっていた人が60歳になったから、いきなりじいさんばあさんになるなんてことはないんです」と。たしかにその通りですよね。
スマホで比較サイトなどを使い、売却価格、住宅ローンなどについて念入りに調べ、手数料、条件を自分に当てはめ、決断していく。そういうデジタルリテラシーのある人に対して、金融機関本位のリレーションで商品は売れないんですよ。

小屋リレーション、と言いながら、金融機関が自分たちに有利な商品をセールスするためのリレーションは通じなくなっていく?

橋本そうなんです。そして、そういうリテラシーのある人たちは、家電を買うにしても金融商品に投資するにしてもシビアに調べ、自分で納得したものを選ぶ。その傾向に都会と田舎の差はなくなっていて、「うちから買ってください」とセールスしている業者は金融機関も含めて弾かれてしまう。顧客本位のリレーションが当たり前になっていくわけです。
そうなったとき、「一見これは良さそうに見える家電だけど、 これはこういうデメリットあるし、あなたにとってはこの機能はいらないんじゃないですか」といったアドバイスの価値は増していきます。つまり、多くの人が信頼できるアドバイザーを必要とするようになるのです。

小屋コンシェルジュ的というか、オーダーメイド的な顧客本位のアドバイザーですね。

橋本デジタルシフトの中で、ディストリビューター、提供する人たちの価値がどんどん下がっていき、顧客がネット証券などに移ってしまうのは止められないと思うんですよ。
だからこそ、「あなたは今ここでその自宅を手放して分譲マンション住み換えを急ぐよりも、先々のことを考えると、あと数年は資産形成に力を入れた方がいいですよ」といった客観的な助言へのニーズが高まっていくと思います。

 

地銀、信金などの地域の金融機関に、顧客本位のアドバイスができる組織になっていって欲しい

橋本もう1つ、顧客本位のアドバイザーの活躍が期待されているのが、人生の終盤に向けた時期ですよね。資産は築けた、じゃあ、それをどう使っていくのか? 人生の終盤に向けてどう取り崩したらいいのか? こういうことに関しては、日本でもまだまだ認知されていませんし、アメリカも含めて、道半ばです。
その研究や事業領域はこれからだと思うんですよね。この領域の探索は終わりなき旅みたいなもので、一般の人が一時の気分や「周りの人がこうやっているから」と決めてしまうには危険が伴います。

小屋作り上げた資産をどう使って、幸せに暮らしていくのか。デキュムレーション(詳しくはこちらの記事をご覧ください)の考え方ですね。

小屋さんの話している様子

橋本人生の終盤を迎えたお客さんから信頼を得られるのは、「顧客本位のアドバイザー」を続けて、ストックビジネス化までやりきれた人だと思います。お客さんの信頼を積み重ねてきたからこそ、実績も伴うようになっているわけで、それ自体が新しいお客さんに対する信頼の証にもなります。
地方を取材している立場からすると、小屋さんのような独立系の方の活躍はもちろんですが、地銀、信金がそういった顧客本位のアドバイスのできる組織になっていって欲しいですね。金融機関本位のディストリビューターみたいな仕事はどんどん陳腐化していきますから。

小屋僕たちも今後、地銀、信金さんからうちのようなコンサルティングについて知りたい、勉強したいという声があれば、ノウハウを教えていくビジネスを考えてはいるんですよ。

橋本それは絶対やっていただきたいですね。米国と比べると、日本には地域金融機関がいっぱいあって、しかも、ものすごく顧客に入り込んでいます。特に、中小企業の経営者との関係はとても深い。

小屋そこのリレーションは、たしかに強いですね。

橋本そうなんですよ。多くの地銀、信金で働く方々は本当に善良で、その地域に根ざした仕事をしています。顧客を裏切るようなことをしたら、生きていけなくなりますからね。皆さん、本当に真面目にやられています。
ただ、組織として短期的な利益を求め、金融機関本位の姿勢を長く続けてきたから、お客さんのことを考えないでサービスを提案してしまっているんですよ。無理に売り付けるようなことはしていませんけど、現場の人たちがしかたなく、お客さんにとってコストの高い不利な商品を提案してしまっているケースは多々あります。

小屋コンサル面がちょっと弱いわけですね。

橋本そうです。正直、どうやっていけばいいのかわからないところがあると思うんですよ。これまでは融資のスタッフの方がメインになってビジネスをしてきたわけですが、そもそも資金需要があまり多くなくなってきていますから。
むしろ経営者側は、会社の使ってない現預金をどう運用、管理していくのか、従業員の雇用をどうしていくのか、経営者自身の資産をどうしていくのか、ファミリービジネスであることを絡めながらの事業承継をどう考えていくのか……といった困りごとへのアドバイス、コンサルティングを必要としています。でも、ここのフォローが十分ではないのが現状です。

 

個人の資産運用から企業の事業承継まで、アドバイザーが求められる領域は広がっている

橋本なかでも弱いのが、事業承継の領域ですね。ぜひ小屋さんにもチャレンジしていただきたいんですが、日本の場合の大きな問題点として、これまで節税対策と資産運用の提案しかされてこなかったということがあります。
これって若い後継者からすると、残酷な話で。個人保証を入れていて、もし会社が潰れたら借金が数億円みたいな話になって、即自己破産。後継者は、会社が倒産したらクレジットカードも作れない、ブラックリストに乗るような状況になってしまうわけです。
すると心が折れちゃって、なかには経費が使えるうちにランボルギーニを買っちゃえ! みたいな人も出てきちゃう。

小屋「心の承継」がないまま後継者になってしまっている……。

橋本そうなんですよ。資産や相続もですが、同時にその会社を継ぐことの意味や意義を物心両面から伝えられる第三者がいると、状況はだいぶ変わるはずです。
じつは日本は200年以上続く老舗企業が世界で一番多いんですよ。その数は全国に3000社ほど。100年以上という括りでは、3万7000社以上もあって、世界の100年企業の50%が日本にあります。でも、その内実はというと、相変わらずの節税対策しかしていないんですよね。
一方、米国では老舗企業となれば、創業家とファミリーのためのファミリーオフィス(※)をつくって資産を守り、地域社会に還元し、社会的なステータスを持っています。

※編集部注:ファミリーオフィスは、金融や法律、税務などの専門家が集まり、創業家を中心とした資産を管理・運用するプラベートバンク的な組織。目的は、ファミリーの永続的な繁栄のために資産を適切に守り、次の世代へ引き継ぐこと。

橋本さんの話している様子

小屋たしかに米国にはファミリーオフィスがたくさんあります。僕も仕事柄、中小企業のオーナーさんにファミリーオフィスのことを話すことがありますけど、存在も仕組みもまだ知られていないですよね。

橋本資産はもちろん、事業の意味や意義も継承され、ファミリーが社会的なステータスを得られるよう守っていく。これもフィデューシャリー・デューティな仕事ですよね。
でも、一般的にはコンサルティング、と聞くと一時的なアドバイスをして、報酬を受け取っておしまい、というイメージですよね。
そうではなく、いい時も悪い時も寄り添い、悪い時こそ、「どう対処していきましょうか」と一緒に考えてくれる存在が必要とされている。コンサルティング業界もそういう方向に変わっていくことを求められています。
私としては、小屋さんたちのような独立系のアドバイザーがこれからどのように事業領域を広げていくのか、1人の記者としておもしろいな、と興味を持って見ています。

 

対談者プロフィール

  • 橋本 卓典

    橋本 卓典

    共同通信社 編集委員

    1975年東京都生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒業。2006年共同通信社入社。経済部記者として流通、証券、大手銀行、金融庁を担当。2009年から2年間、広島支局にも勤務。2020年4月から編集委員。
    2016年5月に「捨てられる銀行」(講談社現代新書)、以降、「捨てられる銀行2 非産運用」、「金融排除」(幻冬舎新書)、「捨てられる銀行3 未来の金融『計測できない世界』を読む」、「捨てられる銀行4 消えた銀行員 地域金融変革運動体」を上梓。
    2023年3月には最新作「地銀と中小企業の運命」(文春新書)を刊行。累計35万部のベストセラーになる。NIKKEI FINANCIAL、ダイヤモンドオンラインにも寄稿。

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  • 小屋 洋一 (聞き手)

    小屋 洋一(聞き手)

    株式会社マネーライフプランニング(公式サイト) 代表取締役

    1977年宮崎県生まれ、東京育ち。2001年慶應義塾大学経済学部を卒業し、総合リース会社に入社。中小企業融資を担当した後、
    2004年不動産流通業を行うベンチャー企業に転職。営業、営業企画等を経験し、2008年に退職。
    同年にAFPを取得後、独立し、個人富裕層のアドバイスに特化した株式会社マネーライフプランニングを設立。
    2010年にCFP®を取得し、現在に至る。

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