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また、その他資産運用に関する様々なコンテンツをお届けします。【対談】野尻哲史さんと考える、退職後の資産活用。-後編
野尻:これまでいろいろと資産形成、資産活用の情報を発信してきたなかで、何度となく聞いてきたのが「お金がないのにどうしたらいいのよ」という声なんですよね。その時、金融機関は解決策を提示できていなかったんですよ。「お金ないんですか。じゃあ、すみません。ごめんなさいね」と。
でも、これはおかしいと思っていて、ないならないでどうするのか体系的な議論が必要です。
小屋:そうですね。
野尻:退職後の収入は基本的に年金収入、勤労収入、資産収入でできあがっています。資産収入がないのであれば、年金収入と勤労収入で生活できるよう生活費をダウンサイジングする必要がありますし、その収入のなかから運用に回せる部分がないかの可能性も探っていくべきです。資産があるならあるなりの、ないないなりのロジック、ルールを考えていかなければいけません。
小屋:現場で実務をやってる立場からしても、そこは野尻さんが言う通りだと思います。退職後、年金収入、アルバイトなどの勤労収入、資産収入があったとして、ある段階でいずれかの収入が途絶えたとしたら、残り2つの収入でいかに生活を成り立たせていくか。クライアントさんの個別性は尊重するとはいえ、一定のベースとなるセオリーみたいなものがあると、助かります。
野尻:私が提唱しているのは、「運用利回り3%、引き出し率は資産の4%」というルールです。イメージとしては、減らすスピードをコントロールする。
たとえば、資産活用の目的を「3000万円の資産で94歳までの快適な生活を支える」としましょう。
小屋:はい。
野尻:ここで数値化されないのは「快適な」という条件ですが、仮に「快適な生活」を「毎月10万円の引き出し」と想定しましょう。すると、3000万円の資産がすべて現金・預金の場合、85歳までの25年しか持ちません。
でも、毎月の引出額を7万円強に減らした「快適な」生活を想定できれば、達成可能性は100%になります。つまり、資産が現金・預金だけの場合は、目的を調整することが求められるわけです。
一方、退職まで運用をし、資産の多くが有価証券になっている場合、その後も投資信託を手段にしながら60〜74歳の15年間、運用する計画を考えてみましょう。
その間の資産からの引出額は4%の定率として、75歳で全額を預金に切り替え、94歳までの20年間は快適な生活(=毎月10万円の引き出し)を想定します。当初の15年間は引出額が投資信託の価格変動に伴って変化しますが、仮に3%の平均収益率が達成できれば、資産は96歳の誕生日まで持続する計算になります。
小屋:ちなみに、「退職時点で資産が3000万円なんて……」という人は?
野尻:その場合、退職後も働き続けること、少しずつでも運用を続けること、生活コストが下がる移住を組み合わせていくのも選択肢になるでしょう。
小屋:現場の話でいうと、退職後に起こる重要な変化として相続があります。なかでも最近、増えているのが、80代後半から90代の親や兄姉が亡くなって、70歳前後の人たちが相続人になるケースです。
老後のマネープランを考えるとき、相続という要素を最初から想定するのか、相続がないものとして想定するのかでデキュムレーションの計画も大きく変わってきます。相続すれば資産は十分にあると考えられる人も、相続を受けてない現時点での資産はさほどでもないわけです。
でも、3年後、5年後に相続が発生したとき、何千万単位のお金が入るのであれば、取り崩し方も、運用の仕方も違ってきますよね。本人と家族の関係性、それぞれの資産状況も含めて考えることができれば、効率的、合理的なアドバイスができるケースもあります。
野尻:なるほど。
小屋:でも、実際には親の資産についてきちんと把握している人はまずいないのが現実です。
野尻:たしかに、死ぬの待ってるようにとられるのも嫌ですし、面と向かって聞きにくいでしょうね。小屋さんのところに相談に来られる方は、金銭的に余裕のある層だと思いますが、相続を前提にできそうな人が多いんですか?
小屋:それはやっぱり多いですね。ただ、現場で相談に乗っていて「これは難しい」と思うのは、親子間よりも兄弟、姉妹間の相続ですね。お子さんがいない兄弟、姉妹が亡くなって、横スライドで遺産が動いていく。でも、亡くなった方が80代、90代の場合、相続されるのも同世代なんですね。
すると、このお金は前回話したような形で消費には回りません。イレギュラーなケースかもしれませんが、デキュムレーションの議論を深めていく中では、こうした例もあります……と考えていかなければいけません。
野尻:そうですね。相続を想定する場合、タイミングはどうやって決めていくんですか?
小屋:平均余命プラス5で考えるようにしています。
野尻:相続があるとして、税のこともそうですが、不動産であれば売却するのかどうか、その後の相続人の家計の状況など、難しい計算になりますね。
小屋:売却してキャッシュにできればいいですが、状況は個々で異なります。ただ、相続がその後の家計に与えるインパクトは大きいです。親子間でオープンとまで言わないけど、だいたいの資産状況がわかるくらいに情報共有していてくれると、プランニングの質もだいぶ変わってきます。
野尻:しんどいですけど、家族でお金の話はしたほうがいいですよね。私は子どもたちに年収をオープンにしてきましたし、ついこの間も家族全員揃ってオンラインミーティングをしました。
小屋:うちはまだ子どもが小さいですが、妻との間ではマネーフォワードで財政状況がいつでも見れるようにしています。
野尻:なるほど、アプリで共有できるようにするのはいいですね。
小屋:もう1つ聞いてもいいですか? 大手も含めて証券業界の人たちと話してると、彼らのお客さんはそれこそ70代、80代がメインになっています。まさにデキュムレーションについて切実に向かい合って考えていかなきゃいけないし、彼らの目の前にはクライアントがいて、手元にはリソースもあるような気がするんです。ところが、真剣に取り組んでいる様子は見えません。そのあたりは、どうしてだと思いますか?
野尻:いくつか要因はありますが、そのうちの1つは、金融機関は残高を伸ばすことがビジネスの大原則なんですね。その点、デキュムレートするということは、クライアントから預かっている残高を減らす結果になります。それが今後の社会にとって必要な仕事であって、その後に新たな業務やクライアントが生まれるというロジックがあったとしても、いち営業、いち金融機関にとっては自分たちの本質に逆らう行いに思えるのでしょう。
小屋:なるほど。
野尻:遡れば、2017年くらいから、私もメンバーをやっていた金融審議会市場ワーキング・グループやその前の金融庁の公式な報告書にようやく「取り崩し」という言葉が入ってきたんですね。
それでやっと証券会社や銀行が取り崩しにビジネスとして取り組み始めたんですよ。ここ3、4年の話です。ただ、それでも本質はお客さんの資産を減らすロジックなんで、なかなか本腰を入れ切れていないのが現状でしょう。
また、相談する側からすると、担当者となった営業マンがフェアかどうかわかりませんよね。この人は、正しいことを言っているから、大丈夫。信用できる……と判断する材料がないわけです。かといって、「信頼していいですか?」と聞けば、誰もが「信頼してください」と答えるはずですし……。
小屋:ユーザー側によっぽど見る目がないと、デキュムレーションを相談する相手が見つからないわけですね。
野尻:そうですね。たとえば、イギリスのIFAビジネス(独立系ファイナンシャル・アドバイザー)は非常にクリアで、お客さんからしかフィーを取ってはいけません。提供する金融商品はあまねくマーケットから探してきなさい。ということになっています。
小屋:それがインディペンデント(独立系)の定義ですよね。
野尻:この2つをクリアしていること。日本では、あまねく金融商品をカバーするといっても現実的には難しいでしょう。ただ複数の金融機関の扱っている金融商品を俯瞰することである程度の対応は可能になります。また投資信託を売れば代行報酬が入ってくるわけで、お客さん以外からのフィーしか取らない形は制度上、難しいものです。これも顧客本位の業務運営で、手数料などのお客さん以外からいただくフィーがどこからいくらあるかを明示することはできます。
小屋:法律がないからこそ、フェアに、オープンに。
野尻:それができて初めて、お客さんに対する利益相反がどのくらいあるかがわかるようになるはずなんですよね。
「日本の制度上、制約があるので、この商品をあなたに勧めることで、私はどこからいくらお金をもらえます」と明示していれば、お客さんも相手をインディペンデントなアドバイザーとして信用できるようになるはずです。これが伝えられていないのが、既存の金融機関がデキュムレーションをカバーできてない理由の1つだと思います。
小屋:今回、野尻さんはデキュムレーション研究会を通じて議論を深めるにあたり、どんなゴールを思い描いていますか?
野尻:研究会でなにかを作ろうとは思っていません。あくまで議論のインキュベーターという位置づけでいて、ここでいろいろな人が課題を持ちこんで話し合い、それを参加者が持って帰って自分の専門領域で言葉にして人に伝えていく。そんなことをイメージしています。その内容は批判でもいいですし、賛同でもいい。デキュムレーションの考え方が世の中に広く伝わっていくことを願っています。
また、研究会のメンバーのなかにテック系の人たちが入ってきて、個人が自分のデキュムレーションの計画を手軽にシミュレーションできるアプリを作るようなことができたらいいですね。
小屋:社会実装ですね。
野尻:デキュムレーションが社会に実装される形に持って行けたら、大きな成果になると思っています。
※当記事の対談は新型コロナウイルス感染防止に十分配慮しながら行っております。また、撮影時のみマスクを外すご協力をいただきました。
野尻 哲史
合同会社フィンウェル研究所(公式サイト)代表
20年以上投資教育に携わり、2019年5月の定年を機に合同会社フィンウェル研究所を立ち上げ、代表に。資産の取り崩し、地方都市移住、雇用継続など退職後のお金との向き合い方に関する提言を行っている。行動経済学会、日本FP学会などの会員、日本アナリスト協会検定会員、2018年9月からは金融審議会市場ワーキング・グループ委員。
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小屋 洋一(聞き手)
株式会社マネーライフプランニング(公式サイト) 代表取締役
1977年宮崎県生まれ、東京育ち。2001年慶應義塾大学経済学部を卒業し、総合リース会社に入社。中小企業融資を担当した後、
2004年不動産流通業を行うベンチャー企業に転職。営業、営業企画等を経験し、2008年に退職。
同年にAFPを取得後、独立し、個人富裕層のアドバイスに特化した株式会社マネーライフプランニングを設立。
2010年にCFP®を取得し、現在に至る。
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