【対談】「経済学者たちの日米開戦」の著者、牧野邦昭さんと考える。なぜ人は合理的な判断ができないのか?-後編 【対談】「経済学者たちの日米開戦」の著者、牧野邦昭さんと考える。なぜ人は合理的な判断ができないのか?-後編

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【対談】「経済学者たちの日米開戦」の著者、牧野邦昭さんと考える。なぜ人は合理的な判断ができないのか?-後編


UPDATE 2022.06.20

【対談】「経済学者たちの日米開戦」の著者、牧野邦昭さんと考える。なぜ人は合理的な判断ができないのか? -後編

経済思想史的に「日本人がお金を運用しない問題」はどう見える?

小屋:僕はお客さんのパーソナルファイナンスの分析をしながら、アドバイスする仕事をしているわけですが、「日本人」という大きい主語で言うと、お金を運用してない人が多いんですね。ですから、結果的に最初のアドバイスは、十中八九「運用しませんか?」となります。ところが、十分に資産を持っている人でも、運用、投資と聞くと「怖い」と言う人が少なくないんですね。
日本人はどうしてこんなに運用を怖がるんだろう、と。合理的に考えると、資産の一部を運用したほうが成長するわけで、経済思想史的に「日本人が運用しない問題」はどう見えていますか?

牧野:きっと小屋さんとはそういう話をするんだろうなと思って、少し調べてみました。すると、日本人は元々、運用や投資に保守的だったわけではないようです。
たとえば、第一次世界大戦のとき、日本の輸出がどんどん増えていき、好景気になり、株ブームがやってきました。今も発行されている雑誌『週刊ダイヤモンド』や『週刊東洋経済』が部数を伸ばして発展するのはこの時期で、人々が「この企業はこういう財務諸表だから、将来的に見込みがある」といった情報を求めていたからです。

小屋:そうなんですね。

牧野:だから、日本人が最初から株式投資を毛嫌いしてきたということはないんですね。ただ問題は、第一次世界大戦後から第二次世界大戦の間、戦間期にはバブルが弾けてしまいます。そこで、株ブームに熱狂していた多くの人たちが、投資で損をする経験をしました。バブルは崩壊する、という事実を知るわけです。
それから昭和恐慌の頃、生活の苦しくなった地域では「農山漁村経済更生運動」が行われ、自分たちでがんばってなんとか地域の経済を更生させましょうという運動が進みます。その際、推奨されたのが貯金です。
農村の農民の人たち、漁村の漁民の人たちなど、一次産業に携わる人たちにまずお金の収支を計算するように伝え、貯金をし、余力ができたら地域のために使っていきましょうと勧めていったんですね。そこで、貯金の習慣が広まっていったのではないかと思います。

小屋:以前、この対談で吉野先生に登場していただいたとき、郵便貯金制度が日本人に貯金の習慣を広げたという話も教えていただきました。そういう国からの働きかけが背景にあるんですね。

牧野:もう1つ、1930年代になると、日中戦争などがあり、政府は戦費を調達する必要がありました。しかし、税金として強制的に取り立てることはできません。なぜなら、大日本帝国憲法でも私有財産権は保証されていたからです。
そこで、「自発的に貯金をしましょう」と働きかけていきます。

小屋:集まったお金で金融機関が国債を買い支えるわけですね。

牧野:そういうことです。さらにインフレ対策のために資金流通量を抑える必要もあって「みんなで頑張って貯金しましょう」ということが言われ、総力戦に向かう戦時経済の中で国民の道徳として定着していきました。では、戦後、貯金の習慣がなくなったかと言えば、そうではなく、日本は長く銀行預金の金利が高い状態が続きます。
復興から経済成長していくなかで急速に経済が発展し、銀行に預けておけば自動的に増えていく。5%の金利で預けられるなら、面倒な手続きを踏んで、リスクを取りながら株を買うという選択に目が向かないのもわかりますよね。

小屋:戦中から戦後のあるところまでは貯金が美徳であり、実益にも適っていた、と。

牧野:そうです。その後、80年代後半のバブルの頃は、「株の時代だ」と言われ、投資に積極的になる人も増えました。ただ、結果的にはバブルが弾け、多くの人が損をし、「やっぱり株より、貯金のほうがいい」となっていった……。破綻した金融機関はありましたが、一応、預金は保護されましたから。これが大きな流れだと思います。

小屋:いまや金利は0に張り付いているのに……と思ってしまいますが。

牧野:人々の意識は前の時代から続き、しかも、親から子へと引き継がれていくものです。

小屋:今後、変わっていく可能性はありますか?

牧野:どうでしょうか。人々の考えは変わりづらい部分がありますから。極端なことを言えば、銀行が潰れるなど、極めて大きな出来事がなければ、大きく変わることはないかもしれません。

 

人は簡単に儲かる物語に触れると、都合のいい情報ばかりを集め始めてしまう

小屋:ちなみに、牧野さん個人は運用していますか?

牧野:一応、iDeCoとつみたてNISAはやっています。

小屋:なるほど。少しずつの意識の変化という意味では、つみたてNISAやiDeCoといった制度ができたことで、20〜40代の行動は変わってきていますよね。

牧野:そうですね。短期的な値上がり、値下がりを気にせず、また個別の銘柄を比較検討するようなステップを踏まずに始めることができるので、投資しやすくなったと思います。ですから、今後もより簡単な仕組み、制度が出てくることで、日本人の投資や運用に対する感覚も変わっていくのかもしれません。

小屋:一方で、FXや仮想通貨など、経済学的に言うと、リスクが高いものを選択してしまう人も増えています。お客さんがハイリスクな投資を求めるのは、それはそれで僕らも困るわけですが、このあたりはどう思いますか? 投資や運用が怖い! という人、NISAやiDeCoを飛び越して、FXや仮想通貨を始めてしまう人。こういう両極端な傾向があるのはどうしてなんでしょう?

牧野:答えを出すのは難しいです。ただ、前編でお話しした「プロスペクト理論」もそうですが、人間の行動心理として合理的ではない判断を好む場合があります。また、状況を理解した上で、「リスクを取った方が楽しい」という人もいますから。

小屋:そうですね。

牧野:ギャンブルは明らかに期待値が低いですけど、馬券を買う人、パチンコをする人、カジノへ行く人は常にいます。それは基本的に楽しいからですよね。もちろん、楽しい趣味の範囲に留まればいいわけですが、資産のすべてをすってしまう人もいます。

小屋:でも、馬券を「運用だ」と思う人はいないじゃないですか。あくまで「趣味」、もしくは「博打」という感覚は持っていると思います。ただ、FXを運用だと思ってる人はけっこういるんですよね。

牧野:たとえば、「FXでいくら儲けました」といった情報、物語に触れると人間はいいイメージばかりを見てしまう傾向があります。実際は損する人が圧倒的に多いのかもしれませんが、都合のいい情報ばかりを集めてしまうわけです。

小屋:大きく儲けた話、短期間で儲かった話、少ない元手で成功した話など、そういったストーリーに影響を受けてしまうわけですね。ということは、長期投資の大切さをコツコツ発信していかないといけませんね。

 

日本人の投資への意識が変わってきたのは2010年から2020年代と言えるのかもしれない

小屋:ちなみに、牧野さんは実生活でも「思想史、歴史を勉強していてよかったな」と思いますか?

牧野:そうですね。経済に関することで言えば、好景気、不景気もそうですが、昔も今も繰り返す部分がありますよね。もちろん、違う面もたくさんあるけれど、同じような現象、おなじみの出来事を繰り返していく部分もあって、歴史を知っていると、「今、起きている現象はこういうことだな」と冷静になることができます。

小屋:たしかに、投資家の人に話を聞いても、「歴史の勉強は一番役に立つ」と言います。僕は個別のお客さんにある意味、運用や投資の歴史を伝えながら、前向きにお金を動かしてもらえるよう働きかけています。14年この仕事をやっていて、14年前よりはみんな前向きになってきたような手応えはあるんですけど、時々、遠回りをしているのかなと思うこともあります。

牧野:ゼロ金利も続き、銀行に預けてもしょうがないというムードは広がってきていますよね。そして、アベノミクスの是非はともかく、少なくとも株価は以前よりは上がりました。そうなると、多くの人が預金よりはミドルリスクの投資の方がいいんじゃないかと考え始める流れになりますよね。
だから、小屋さんが現場で感じている手応えは本物だと思います。もちろん、コロナ禍もあり、ウクライナとロシアの戦争もありますから、先行きどうなるかは見通せません。それでも、将来振り返ったとき、「日本人の運用、投資への意識が変わってきたのは2010年から2020年代」と言えるのかもしれません。おそらくあと何年かしたら、小屋さんの仕事はますますやりやすくなるんじゃないでしょうか。

小屋:そうなっていくといいですね。ちなみに、牧野さんは次に取り組もうとされているテーマは決まっているんですか?

牧野:『経済学者たちの日米開戦』(新潮選書)を出して以降、日米開戦の話をする機会が増えました。でも、そろそろ区切りを付けて、次のテーマに向かいます。貧困問題がどう語られてきたかを調べていこう、と。私たちの社会は、1日に必要な摂取カロリーを取れない水準で貧しい生活をしている人たちがいる一方で、SNSを見ながら「自分はあの人に比べて貧しい」と感じている人たち、自分がセレブであるような振る舞いを発信している人たちがいて、非常に不安定になっています。
その理由の1つはおそらくみんなが貧しくなったからではなく、いろいろな情報があることで人と比べてしまって、不満を持ちやすくなっている面があると思います。もちろん、具体的に生活水準や賃金が下がっている面もあるでしょう。そうした問題を経済思想史の中でどう考えていけばいいのか。戦前から紐解いていこうと考えています。

小屋:それが現代の貧困問題に対する何らかの示唆になれば、と?

牧野:そうですね。相対的な格差の問題は社会不安をつくってしまうので、どう対処していけばいいのか。解決策を考えるのはなかなか難しいですが、少なくとも戦前、戦中、戦後の時期に似た事例があったわけですから、調べていくことで何らかの示唆が得られるのではないかと思っています。

※当記事の対談は新型コロナウイルス感染防止に十分配慮しながら行っております。また、撮影時のみマスクを外すご協力をいただきました。

対談者プロフィール

  • 牧野 邦昭

    牧野 邦昭

    慶應義塾大学 経済学部(公式サイト)教授

    1977年生まれ。2000年、東京大学経済学部卒業、2008年、京都大学大学院経済学研究科博士後期課程修了。摂南大学経済学部講師・准教授・教授を経て2021年より現職。博士(経済学:京都大学)

    <所属・関連団体>

    <執筆>

  • 小屋 洋一 (聞き手)

    小屋 洋一(聞き手)

    株式会社マネーライフプランニング(公式サイト) 代表取締役

    1977年宮崎県生まれ、東京育ち。2001年慶應義塾大学経済学部を卒業し、総合リース会社に入社。中小企業融資を担当した後、
    2004年不動産流通業を行うベンチャー企業に転職。営業、営業企画等を経験し、2008年に退職。
    同年にAFPを取得後、独立し、個人富裕層のアドバイスに特化した株式会社マネーライフプランニングを設立。
    2010年にCFP®を取得し、現在に至る。

    <所属・関連団体>

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