「考える」記事(対談記事)は不定期更新となります。
メールマガジンにご登録いただくと、
最新記事が公開された際に通知を受け取ることができます。
また、その他資産運用に関する様々なコンテンツをお届けします。
若松さんと考える、「ここじゃない場所」へ踏み出す勇気とお金の安心
長く首都圏で暮らし、会社を経営し、ジャズボーカリストとしてライブに出演する。アクティブな都会生活を送ってきた若松さんが、60代で選んだのは奄美群島のほぼ中央にある鹿児島県・徳之島への完全移住でした。
コロナ禍のなかで芽生えた「ここは自分の居場所じゃない」という感覚。奄美大島への旅で確信に変わったその思いは、やがて徳之島の空き家との出会いにつながり、2025年7月、若松さんは都会の拠点をすべて手放して島へ渡りました。
知り合いもいない離島での暮らしは不安だらけだったはず。それでも踏み出せた理由、そして移住後に見つけた「思いがけない幸せ」について、若松さんに率直に語っていただきました。
小屋若松さんがマネーライフプランニングに相談に来てくださったのは、コロナ前の2019年頃でしたね。当時は横浜の綱島にお住まいで、社業の一線からは退かれ、ジャズボーカリストとしてライブ活動をされたり、都内のおいしいお店を巡ったり、充実した日々を送られていました。そこから離島への移住に気持ちが動いたきっかけは何だったんですか?
若松さん(以下、若松)コロナ禍になり、外に出られなくなって、1人でいる時間が増えたんですね。ライブもできない。友だちと食事にも行けない。そのうちに「ここは自分の居場所じゃないんじゃないか」というモヤモヤがどんどん大きくなっていったんですね。
理屈ではうまく説明はできないんですけど、ここじゃないどこかへ行きたい気持ちが膨らんでいった。実はその少し前、2019年に田中一村という画家の美術館を訪ねて初めて奄美大島に行っていたんです。その時、島をすごく気に入って、コロナが治まった2022年にもう一度訪れたとき、友達が海から上がった私の写真を撮ってくれたんですよ。その顔を見たら、都会で撮った自分とまるで違う。全部が開かれているというか、子どもみたいな笑顔をしていて……「あ、奄美にいたら、私はこんな顔でいられるんだ」と思ったんです。それが一番の移住に向けた動きのきっかけでした。

小屋直感的なものだったんですね。
若松もう完全に直感です。そうと決めたら私はもう早くて、2023年から移住先を探し始めました。奄美で空き家を探すなかで「奄美空き家ラボ」というNPOの理事長さんと出会い、2024年の夏には2ヶ月滞在して物件を探したんです。ただ奄美ではなかなかいい物件が見つからなくて。滞在中にそのNPOの方々と徳之島を訪れたら、ちょうど空き家が出ていた。最北端の金見という集落で、本当に眺めがすばらしかったんですね。最初は完全移住ではなく、鎌倉とか、藤沢とか、馴染みのある場所との2拠点も考えました。でも、年も年だし、なるべく身軽にしよう、中途半端はやめようと決めて、2025年7月に完全移住しました。
小屋移住後の生活はいかがですか?
若松もう、やったことのないことだらけですよ。隣の方の畑を手伝いながら野菜を育てたり、山で採った素材で正月飾りを手作りしたり、家の壁を自分で塗ったり。畑ではドラゴンフルーツやパパイヤを植えていて、他に一畝、二畝ぐらい季節の野菜を自分の分ぐらいやって。あとはハイビスカスの花も育てていて、なんか夢みたいですよ。東京では何でもお金を出して人に頼んでいたのが、まったく正反対の生活です。それがこの歳になって、こんなに楽しいのかと自分でも不思議なくらいで。

小屋都会では外へ外へと出ていく暮らしだったのが。
若松そうなんです。以前は麻布あたりのレストランを友達と開拓するのが楽しかったんですけど、今は採れたての野菜に塩をかけてかじるだけで、こんなにおいしいんだって。それに、もらった大根で大根餅を作ってお隣に持っていくと喜んでもらえる。島の人は手作りが当たり前で、なにか人の役に立てることが自然にあるんですよね。Amazonで珍しい野菜の種を取り寄せて「ビーツって何?」なんて島の方に驚かれるのもまた楽しくて。
移住して半年ちょっとですけど、本当にストレスがない。島の人もいい人ばかりだし、移住者同士も自然が好きとか、海が好きとか、共通点があるから、年齢を超えて話が合うんです。この歳でも若い人とのネットワークが広がっていくのは楽しい。やっぱり人とのつながりは大きいですよね。
無謀なくらいいきなり奄美に行きたい、と。すぐに行動した自分を今は褒めてあげたい。この先に何があるかはわからないけど、本当にいろんな意味で正解だったと実感しています。
小屋マネーライフプランニングとしては移住にあたってどんなサポートができましたか?

若松最初はエレベーター付きのマンションじゃなきゃイヤだとか言っていた(笑)。空き家ラボの方にも奄美でその条件は厳しいですよ、と言われて。そんななか、小屋さんは実際に奄美まで物件を見に来てくれたりもして、孤軍奮闘していた私にとって、精神的な支えがとても大きかったんです。
小屋お金の面で安心があるからこそ、人生の選択に集中できるというのはありますよね。最後に、リタイア後の暮らしを変えたいけれど踏み出せないという方に、先輩としてメッセージをいただけますか?
若松私も不安がなかったわけでは全然ないんですよ。腰痛もあるし、知り合いもいないし、息子たちには反対されるし。夜に考え込んで潰されそうになったこともあります。でも、「じゃあどうするの?」と自分に問いかけたら、やっぱり行きたいという気持ちしかなかった。
最終的に思ったのは、「ダメなら戻ればいい」ということ。自分のことだけなんだから、誰にも迷惑はかけない。しないで後悔するより、して後悔したほうがいい。小屋さんにもたしか「合わなかったら戻ってくればいいんじゃないですか」と言ってもらいましたよね。
小屋僕自身、独立するときに「ダメならサラリーマンに戻ればいい」と言われたのが一番の後押しでした。同じですね。
若松なるようにしかならないけど、なるようになる。人生は間違った方向さえ選ばなければ、ちゃんとついてくるものがあると思います。理屈であれこれ考えるより、本当にそうしたいかどうか。そうしたい気持ちが強いなら、えいっと動いてみていいんじゃないかなと思いますね。
■対談動画はこちら
70代からの離島への移住